40年にわたるカウンセリングの中で、私は、お金についての聖書の教えとは異なる考えを持つクリスチャンに接してきました。そのような誤解は、愚かな決断をしたり、他の人を裁くような態度を取ったりすることにつながりかねません。

誤解1:お金はあらゆる悪の根である

多くの人は、物質的な豊かさそのものが何らかの意味で悪いものだと誤解しています。しかし、あらゆる種類の悪の根となるのは「金銭を愛すること」です(1テモテ 6:10)。悲しいことに、人々はお金を愛するあまり、神のあらゆる戒めを犯してきました。パウロは、貪欲が偶像礼拝であると述べています(コロサイ 3:5)。

お金(そして性的行為)は火のようなものです。正しく用いられるなら、善のための大きな力となりますが、誤って用いられると、非常に大きな害をもたらします。お金は、家族を養い(1テモテ 5:8)、困っている人を助け(箴言 19:17)、忠実なクリスチャンの働きを支えるために用いることができます(ピリピ 4:10)。しかし、お金を神の座に置くなら、破滅へと至ります。

誤解2:クリスチャンとしての働きこそが最高の召しである

裕福な友人たちから、キリスト教の働きに専念するために高給の仕事を辞めることを考えていると打ち明けられたことが何度かあります。それは尊い願いであり、実際に、彼らにとってそうすることが正しい場合もあります。しかし私は、神から与えられた富を生み出す並外れた能力を用いて他の人々の働きを経済的に支えることによって、神の国のためにより多くのことができるかもしれない、という可能性も考えるよう勧めています。

イエスも裕福な女性たちから支援を受けておられ、彼女たちの支援はイエスの働きに欠かせないものでした(ルカ 8:3)。私は最近の著書『Money, Debt and Finances: Critical Questions and Answers』(仮訳:『お金、借金、そして財政――重要な問いと答え』)を、30年以上にわたる惜しみない経済的支援を通して、私が神のみことばの働きにフルタイムで携われるよう支えてくださった方々に献呈しました。

宗教改革者たちは、あらゆる正当な仕事は神の栄光のために行うことができ、すべてのクリスチャンがそれぞれの仕事を通して神に仕えることができるという真理を再び明らかにしました(エペソ 6:6―8)。

誤解3:初代教会は共産主義を実践していた

初代教会が、困っている人々と自分たちの財産を分かち合ったこと(使徒 2:44―45)を、共産主義の一形態として誤解している人は少なくありません。しかし、彼らの寛大な分かち合いは、共産主義(および社会主義)のように強制されたものではなく、自発的なものでした。

土地を売った代金の一部を手元に残しながら、それを偽ったアナニアをペテロが戒めた際、土地もその代金も自分のものとしておく権利がアナニアにあったことを、ペテロ自身が認めています。アナニアの重大な罪は、嘘をついたことでした。「売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか……あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」(使徒 5:4)。

聖書は、第八の戒め「盗んではならない」という命令を通して、私有財産を持つ権利を認めています(出エジプト 20:15)。神のみことばはまた、さまざまな理由によって、人々の間に経済的な差が生じることも認めています。その理由には、ある人はより勤勉に働き、あるいはより高い技能を持っており、その働きの実を受けるべきであるという事実も含まれます(箴言 10:4、22:29)。より多くのものを持つ人には、神から与えられた富の良い管理者となる特権があります(1テモテ 6:17〜19)。

誤解4:お金についての聖書の原則は、主に前近代の世界に適したものである

聖書は何千年も前に書かれたものなので、暗号資産(仮想通貨)や複雑な国際銀行システム、法定通貨、高度な金融商品などが存在する現代の世界については、あまり教えることがないのではないかと誤って考える人がいます。しかし、神のみことばは、現代のお金に関する問題にも、知恵に満ちた十分な教えを与えています。聖書の真理は時代を超えて変わることがなく(イザヤ 40:8)、お金に関することも含め、あらゆる良い働きのために私たちを十分に整えてくれます(2テモテ 3:17)。聖書は、お金をどのように賢く得て、使い、借金を避け、将来に備えるべきかを理解する助けとなります。

神の知恵を傲慢にも無視する人は、たいていその結果を身に受けることになります(ガラテヤ 6:7)。最も重要なことは、神のみことばが、私たちがお金に対して正しい態度を持つための助けを与えてくれることです(マタイ 6:19〜24)。

誤解5:神に信頼しているなら、将来の経済的計画を心配する必要はない

クリスチャンは、将来のために貯蓄したり保険に加入したりする必要はない、と誤って主張する人がいます。しかし実際には、神のみことばは、将来の経済的な責任に備えて計画を立てるよう私たちに勧めています(箴言 21:5)。退職後の生活や大きな買い物など、将来見込まれる支出に備えておくことは知恵あることです。また、将来起こるかもしれない重大な事態に備えておくことも知恵あることであり、私はそのことが、保険に加入する十分な理由になると考えています(箴言 27:12)。貯蓄をし、保険に加入することは、老後に他の人に依存したり、多額の医療費が必要になったときに困窮したりしないために、他者への愛を示す一つの方法となり得ます。

まとめ

明らかに、私たちは自分たちの思い込みではなく、神のみことばに立ち返り、お金に関する知恵を求めなければなりません。そして、お金について聖書が語っていることを考えるとき、私たちは福音へと導かれます。

イエスは、多くの人から見れば、最悪の金銭的な判断と思われることをなさいました。箴言は、他人の借金の保証人となることは非常に愚かなことであると教えています(箴言 22:26〜27)。しかし、まさにそれこそが、イエスが私たちのためにしてくださったことでした。主は自ら進んで、私たちの罪の負債の保証人となってくださったのです。

「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」(2コリント 8:9)

神を賛美しましょう。主は、私たちの計り知れない負債を完済してくださっただけでなく、ご自身の完全な義をもって、私たちを豊かな者としてくださったのです。

【翻訳に関する留意事項】 本記事の日本語訳は、認定聖書カウンセラー協会 (ACBC)の許可を得て作成されました。ACBCは本翻訳の作成を承認しておりますが、翻訳の正確性、完全性、あるいは表現の適切性については、一切の責任を負いません。 内容に相違がある場合は、英語の原文が公式な正本として優先されます。原文はこちらからご覧いただけます。

Translation Disclaimer: This translation is produced with permission from the Association of Certified Biblical Counselors (ACBC). While ACBC has granted permission for this translation, they are not responsible for the accuracy or quality of the translation. The original English text remains the official version and can be found here: Confronting Misunderstandings About Money

聖書:新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

  • ジム・ニューハイザー(Jim Newheiser)は、シャーロットにある改革派神学校(Reformed Theological Seminary)のキリスト教カウンセリング・プログラムのディレクターであり、同校のクリスチャン・カウンセリングおよび実践神学の准教授を務めています。ニューハイザー博士は、米国認定聖書カウンセラー協会(ACBC)の理事およびフェローを兼任しています。

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