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うつの声に耳を傾ける
うつに苦しむ人を、診断することだけで理解することはできません。その苦しみに、まず耳を傾けなければなりません。
アメリカ疾病予防管理センターの報告によると、アメリカでは、ある時点で人口の8%がうつに苦しんでいます。実際、生涯のうちに大うつ病の診断基準を満たす人は、アメリカ人の4人に1人、約8000万人にのぼると言われています。
私は牧師として、またカウンセラーとして、うつに悩む多くの人々と向き合ってきました。私自身の家族にも、うつと深く関わってきた背景があります。これほど多くの人が苦しんでいる問題だからこそ、私たちクリスチャンはうつをどのように理解すべきでしょうか。そして、うつによる深い痛みの中にいる人々を、どのように助けることができるのでしょうか。
聖書は「うつ」をどのように捉えているのでしょうか。うつという診断を、私たちはどのように理解すべきでしょうか。聖書に根ざしながら、同時にその人の経験にも正しく向き合うには、どうすればよいのでしょうか。そもそも、うつは聖書が扱う領域なのでしょうか。これらは、身近にうつに苦しむ人がいるクリスチャン、あるいは自分自身がうつに苦しんでいるクリスチャンが抱く問いです。
こうした問いに答える上で最も大きな問題は、「うつ」という言葉そのものをどう定義するかにあります。実際、うつとして分類されるうる問題は、驚くほど幅広いものです。『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』には、不眠、体重減少、罪悪感、無価値感、決断力の欠如など、少なくとも16種類の症状が挙げられています。この16の症状のうち、わずか3つが当てはまれば「持続性うつ病性障害」と診断され、5つが当てはまれば「大うつ病性障害」と診断されます。さらに、ここにはDSMとは別の見方によって、自分で「うつ」だと判断している人や、周囲からそのように見なされている非常に多くの人々は含まれていません。
私たちが認識すべきなのは、うつの経験は一人ひとり異なり、二つとして同じものはないということです。同じ人であっても、うつに苦しむたびに、その経験が異なることさえあります。このように、うつの経験は非常に多様です。そのため、「うつ」というラベルは、統計をとったり医療的な治療につなげたりする上では有益かもしれません。しかし、目の前に座っているその人が、具体的にどのような苦しみに直面しているのかを理解する上では、あまり役立ちません。
「うつ」という言葉が指すものは、人によってそれぞれ異なります。ですから、私たちが問うべきなのは、単に「うつか、そうでないか」ではありません。むしろ、「あなたが言う『うつ』とは、具体的にどのような苦しみのことですか」と尋ねることです。このように、診断名によって誰かの苦しみを理解することはできません。その苦しみに耳を傾けなければならないのです。
「うつ」という診断名ばかりに頼っていると、苦しんでいる人を助けるために神が用いられるには、自分は十分に備えられていないと感じるかもしれません。しかし、その人の苦しみに注意深く耳を傾け、その人がどのように苦しんでいるのかを理解しようとするなら、思っていた以上に、自分にも神に用いられる備えがあることに気づくかもしれません。
「うつ」と聞くと、向き合うのが難しく、分かりにくいものに思えるかもしれません。しかし、そのラベルだけで判断せず、その人の苦しみにより深く耳を傾けるなら、そこには絶望、罪悪感、恥、何とか耐えしのごうとする苦しみ、悲しみ、喜びの喪失、無価値感などがあることに気づくでしょう。これらの問題も決して単純ではありません。しかし、聖書の中で繰り返し扱われているものです。では、これらは聖書が扱うべき領域なのでしょうか。もちろんです。
聖書は、うつをどのように捉えているのでしょうか。その答えは、その人が「うつ」として経験している苦しみの内容によって大きく異なります。しかし一般的に言えば、聖書は、私たちが人生におけるあらゆる問題を理解するために、大きく2つの枠組みを示しています。
- 苦しみ。 私たちが経験する苦しみは、私たちの問題に大きく影響しており、うつにも確かに影響を及ぼしています。これには、堕落した体をもって生きることから、堕落し、罪を持つ人々の中で生きることまで含まれます。
- 心の中の罪。 私たちの心の中の罪もまた、私たちの問題に大きく影響しており、多くの場合、うつにも影響を及ぼします。これは、かつて一部で誤って教えられてきたように、「罪を犯したからうつになった」と問題を単純化することではありません。そうではなく、神以外の何か、あるいは誰かが私たちの礼拝や願望の中心になるとき、そのような偶像崇拝は、行動や思考だけでなく、感情にも影響を及ぼすのだと認識する必要があります。
これらの要因が実にさまざまな形で現れることを考えると、私たちは圧倒され、希望を失いそうになるかもしれません。しかし、自分の苦しみや罪がうつにどのように影響しているのかを理解し始めることほど、希望に満ちたことはありません。もし苦しみと罪が問題の原因であるなら、私たちには大きな希望があります。なぜなら、キリストはまさにその苦しみと罪から私たちを贖うために来られたからです。キリストは、苦しむ私たちに希望と喜びを与え、罪の中にある私たちに贖いと自由をもたらすために来られました。
私たちが、目の前の人が経験しているうつの苦しみを理解しようとするとき、その人の話には、耳を傾けるべきことがたくさんあります。そして、その具体的な苦しみに対して、福音がどのように力をもって語りかけるのかを知るために、私たちは聖書に耳を傾ける必要があります。 このどちらにおいても、私たちに必要なのは、よく耳を傾けることです。
【翻訳に関する留意事項】 本記事の日本語訳は、認定聖書カウンセラー協会 (ACBC)の許可を得て作成されました。ACBCは本翻訳の作成を承認しておりますが、翻訳の正確性、完全性、あるいは表現の適切性については、一切の責任を負いません。 内容に相違がある場合は、英語の原文が公式な正本として優先されます。原文はこちらからご覧いただけます。
Translation Disclaimer: This translation is produced with permission from the Association of Certified Biblical Counselors (ACBC). While ACBC has granted permission for this translation, they are not responsible for the accuracy or quality of the translation. The original English text remains the official version and can be found here: Listening to Depression
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