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なぜ誰かがあなたを怒らせようとするのか、考えたことがありますか?
相手の態度や言葉、行動の背後には、その人が「宝」として追い求めているものがあると理解すると、その罪はあなたに対してというよりも、まず神に対して罪を犯しているのだと気づくことができます。
誰かがわざとあなたを怒らせようとするのはなぜか、考えたことはありませんか?会話の中には、その場にいた人たちを呆然とさせ、傷ついた心のかけらを拾い集めるような思いにさせるものがあります。何年も前、ポール・トリップ氏が授業で語った話が今でも心に残っています。ある相談者が、自分の言葉を「魚雷」のように使っていたというのです。―相手をできる限り深く傷つけることを狙って、意図的に放たれる言葉だったのです。そのようなやりとりを両親の間で一度も見たことのない家庭で育った私は、それがどんなものなのかと考えながらポールの話を聞いていたのを覚えています。しかし、それから二十年以上が経ち、カウンセリングの現場で数えきれないほどの時間を重ねてきた今では、彼が何を言っていたのかがよく分かります。
つい一瞬前まで前向きで親切だった人が、たった一息のうちに意地悪な態度へと変わるのを耳にしたことはありませんか? あるいは、誰かを傷つけるためにわざと選ばれたかのような言葉を聞いたことがあるかもしれません。とげのある言葉。鋭い言葉。思いやりのない口調。醜い表現。時には卑俗な言葉。どうか、あなたがそのような言葉を使う人でありませんように。
こうした出来事は、関わるすべての人を傷つけ、動揺させ、関係に深い傷を残します。本来イエスを愛し、御霊に従って歩むべき人々が、自分の言葉を戦争の武器として用いるとき、聖霊は深く悲しまれます。
人が言葉や行動であなたを怒らせようとする理由
誰かがあなたを怒らせようとしたり、言葉を武器のように用いたり、まるであなたを敵であるかのように激しく攻撃してくるとき、聖書は、その人の心の内で起きていることを明らかにしてくれます。ヤコブが書いていることを考えてみましょう。
「あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。あなたがたは、欲しても自分のものにならないと、人殺しをします。熱望しても手に入れることができないと、争ったり戦ったりします。」(ヤコブ 4:1–2b)
ヤコブはこの状況を説明するために、「戦い」と「争い」という二つの言葉を用いています。この文脈で「戦い」は武器を用いるような物理的な衝突を指し、「争い」は言葉や舌の使い方を指しています。彼の問いも、私たちが先に考えたことと同じです。「なぜ人は武器や言葉を使って他人を傷つけるのでしょうか?」
彼は、自分の問いに対して、答えを暗に示す問いで応えています。人が他の人に向けて言葉を使うとき、それは何かを得るために使われているのです。どういうことか説明しましょう。
欲望は心を支配する
ひとたび欲望が心を支配すると、舌や行動は、その欲望を手に入れるための武器として用いられるようになります。要するに、あなたの言葉は、欲しいものを手に入れるためなら何でもしようとする武器になってしまうのです。
イエスも弟子たちにこう言われました。「良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。人の口は、心に満ちていることを話すからです」(ルカ 6:45)。
ここで、その人が欲しがっているものが「宝」です。 その人の言葉や態度、行動は、すべてその「宝」を手に入れるために用いられているのです。
ディズニーの映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズは、興行収入は45億ドルを超えています。海賊たちが宝を熱望し、それを手に入れるために策を巡らせ、手段を選ばないことを誰もが知っています。映画の中でジョニー・デップが宝のために戦う姿を見て私たちは笑いますが、現実ではそれは決して笑い事ではありません。ひとたび人の心がある「宝」を握りしめると、その人はその宝を手に入れるために、あらゆる手段を用いるようになるのです。
では、なぜ人はあなたを怒らせようとするのでしょうか?
では、なぜ相手はあなたを怒らせようとするのでしょうか。もしその人の心の中で、「あなたを怒らせれば、自分の欲しいものが手に入る」と思うなら、その人の態度や言葉、行動は、その目的を達成するためなら何でもするようになります。その目的とは何でしょうか。宝を手に入れることです。 ヤコブが書いているように、あなたがたは欲しても手に入らない。だから、争い、そして戦うのです。
では、あなたはどのように応答すべきでしょうか?
では、誰かが態度や言葉、行動を武器のように向けてきたとき、あなたはどのように応答すべきでしょうか。ここに葛藤があります。最後にそのようなことがあった場面を思い出してみてください。あなたはどう反応しましたか? もしあなたが攻撃的に応じたとたら、それは「心を尽くして神を愛し、隣人を自分自身のように愛する」という最も大切な戒めよりも、別の欲望が、あなたの心を支配していたことを意味します。
ここに潜んでいる落とし穴に気づいてください。誰かがあなたを怒らせると、あなたも怒り、きつい口調や言葉、行動で応じてしまいます。なぜでしょうか。それは、あなたの心もまた何かを欲しているからです。
もしその瞬間に、あなたが何よりもイエス・キリストの誉れのために生きることを願い、神を最高に愛し、隣人を誠実に愛したいと強く願っていたとしたら、どうなるでしょうか。あなたは同じように応じることはせず、むしろ相手の内にある葛藤を思って心を痛めるはずです。そのとき、相手が何かの「宝」に心を支配されて生きているのだと気づくからです。その宝が何であれ、それこそが相手の心を支配し、あなたに対するこの罪深い反応を引き起こしているのです。ですから、自分に対して罪が犯されたことに腹を立てるのではなく、その人の心と霊的な状態を思って悲しむべきなのです。
本当に謙遜な応答とは、どのように感じられ、どのように見え、どのように響くのでしょうか?
相手の不親切で不敬虔な態度や言葉、行動が「偽りの宝」に心を支配されていることの結果だと理解するなら、自分に起きていることに振り回されるのではなく、知っている真理に基づいて行動することを選ぶべきです。そのために、あなたが選ぶべき6つの行動を提案します。
1. 祈りましょう。
相手の話をよく聴き、この状況に向き合う中で、相手のため、そして自分のために祈ってください。神に、知恵、自制、思いやりとあわれみを与えてくださるよう願いましょう。
2. よく聴きましょう。
相手があなたに何を伝えようとしているのかを、丁寧に聴いてください。態度や言葉、行動にとらわれず、その奥で本当に起きていることを見ようとしてください。自分が傷つけられたという思いから反応するのではなく、相手を本当に思う心から聴こうと努めましょう。
3. 本当の葛藤を理解し、共感の心を持ちましょう。
相手の心の中で実際に起きている葛藤を理解し、共感と思いやりの心をもって向き合いましょう。なぜそれが分かるのでしょうか?それは、その人があなたと同じ人間だからです。あなたも同じ葛藤を抱えているからこそ、その葛藤が分かるのです。ですから、共感と思いやりの心をもって相手に近づき、よく聴くように努めましょう。
4. 神をあなたの盾として信頼しましょう。
「どうすれば傷つかずにいられるだろう」と思うかもしれません。神をあなたの守りとして信頼してください。言動の根にあるのが、その人の追い求めている『宝』だと理解すれば、その罪はあなたに対してというよりも、より重大な意味において神に対する罪なのだと分かります。キリストに望みを置き、神があなたを守り、慰め、その人の人生においてご自身の栄光のためにあなたを用いてくださることを信頼しましょう。
5. 誘惑に陥らないように、自分自身の心を顧みましょう。
神の恵みは、この瞬間にも自分の心を見つめ、へりくだって応答する力を与えてくださいます。自己義認は、私たち一人ひとりを誘惑します。高慢は私たちの敵です。私たちはすぐに、自分を傷つけられた側だと考え、「自分はもっとよく扱われるべきだ」と思ってしまいます。しかし正直に自分を見つめるなら、その瞬間に私たちを守っているのは、ただ神の恵みだけであることに気づいてください。
6. 福音を豊かに適用しましょう。
そのときこそ、その場で、自分自身に福音を説き聞かせましょう。相手の罪が自分の罪と本質的に変わらないことを認めてください。それをそのままの罪として見つめてください。そして、この人の罪と同様に、あなたの罪もまたイエス・キリストの血によって覆われていることを改めて認識してください。ですから、キリストにある者として、同じくキリストにある相手に応答してください。
これは簡単なことでしょうか? いいえ、もちろん簡単ではありません。しかし幸いなことに、イエスは私たちの模範として先に歩んでくださいました。そして、決して私たちを離れず、見捨てることのない方として、今も私たちと共にこの歩みを通ってくださいます。また主は、その状況の中で主をあがめる歩みができるよう、直面する困難に勝る恵みを与えてくださるのです。
神が私たち一人ひとりに、このように応答するための謙遜と恵みを与えてくださいますように。(ヤコブ4:6-10)
【翻訳に関する留意事項】 本記事の日本語訳は、公認聖書的カウンセラー協会 (ACBC)の許可を得て作成されました。ACBCは本翻訳の作成を承認しておりますが、翻訳の正確性、完全性、あるいは表現の適切性については、一切の責任を負いません。 内容に相違がある場合は、英語の原文が公式な正本として優先されます。原文はこちらからご覧いただけます。
Translation Disclaimer: This translation is produced with permission from the Association of Certified Biblical Counselors (ACBC). While ACBC has granted permission for this translation, they are not responsible for the accuracy or quality of the translation. The original English text remains the official version and can be found here: Do You Ever Wonder Why Someone Seeks to Upset You?
聖書:新改訳2017©新日本聖書刊行会



